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週刊コラム

No.52   2019年10月17日号

 

令和元年10月9日撮影
売れないものを作れ

台風19号襲来直前の10月9,10日、北茨城は岡倉天心(1863年~1913年)ゆかりの五浦海岸を訪れた。当地を初めて足を踏み入れたのは今年6月だが、太平洋の潮騒に魅せられつつ二度目の訪問となった。

五浦海岸の波打ち際に張り出た岩場上には六角堂がある。この建物は天心が1905年に自らの居宅から1段下った断崖に鎮座している。天心自身は観瀾亭(かんらんてい)と呼んでいた。大洋の表情は刻々と変わるのが常。穏やかな凪の時は観音菩薩のような優しい面を見せるが、ひとたび荒れ狂うと鬼子母神のような凶暴さを露わにする。まさに歴史の流れそのものである。ここで天心は太平洋の波の音を聞きながら、思索にふけったのだろう。

岡倉天心は江戸時代末期に生まれた人物だが、彼の人生における最大の偉業は、日本の伝統的な芸術、とりわけ日本画の分野を守ったことにある。今の東京芸術大学の前身となる「東京美術学校」を設立したり、日本画展覧会である「日本美術院」を設立したりするなど、現代にも続く活動をはじめ、海外へ日本芸術のすばらしさをアピールする活動も積極的に行った。もし彼がいなかったとしたら、日本画や茶の湯など伝統芸能の多くは明治で廃れてしまっていたかも。彼の人生は50年という短いものだったが、その人生は「日本芸術の守り人」だったと断言できる。

「売れないものを作りなさい」とは天心が発した有名な言葉の一つだ。当時は洋風彫刻が人気で木彫は低迷期に陥っていた。明治40年に天心を会長に『日本彫刻会』という名称の美術団体が結成。明治時代、木の彫刻は概して売れなかったとか。木彫家の平櫛田中(ひらぐし・でんちゅう)もその創立メンバーの一人だった。名画を次々に生んだ五浦は大観によれば「赤貧を洗う日々」だったという。

ある時、天心の弟子が彫刻を売れるようになる秘訣を教えて欲しいと願い出た。すると天心がこたえるに「皆は売れるようなものを作ろうとする。だから、売れない。だから、売れないものを作りなさい」。妙な話のようだが、流行物がそうであるように現在売れているものは、いずれ飽きられ捨てられるものが多い。弟子の殆どが理解できない中、平櫛は「自分が作りたいものを作ればいいのだ」と受け止めた。

自由奔放に生き世界を放浪し、海外にも大勢の知己に恵まれた天心の国際情勢分析は的確にアジア情勢を把握していた。天心という人物は、西洋の真似をするのではなく日本本来の伝統文化に目を向け、その上に立って日本文化を世界に鼓吹した。インドに旅立ってロンドンに寄り、さらにボストンに入って、そのそれぞれの地で英文による『東洋の覚醒』『東洋の理想』『日本の覚醒』を書き上げたのは周知の事実。

天心は自著「日本の覚醒」の中で、我が国の歴史・伝統・文化を喪失し、西洋文明に浮かれる軽佻浮薄な洋学紳士を痛烈に批判した。原文通りだが「ああ西洋開花は、利欲の花なり。利欲の開花は、道徳の心を損じ人身をして唯一個の射利器械たらしむ。貧者は益々貧しく、富者は益々富み、一般の幸福を増加さする能はざるなり」。また、「国際化というものは西洋を真似ることではない。夫々の国々における歴史・伝統・文化を重んじ、礼節をもって相対し、学び、そして交流することである」とも語っている。

さらに芸術においては、天心は「人の型を踏むな」「芸術は無窮を追え」すなわち「永遠」だとも語り、皆に独創性を求めた。

個人的に思う。永遠の時空間をこえて独創性が求められるのは、芸術分野だけじゃない。ノーベル賞を授与された吉野氏の言葉ではないが、建築や科学の世界においても独創性が重要視される。未完に終わろうが徒労に終わろうが、独創性を見失わない一途な姿勢が何よりも大事なのかも。

天心の生き様を振り返りつつ思いだすのがスペインの天才建築家アントニ・ガウデイである。ガウデイいわく「私の親友たちは死んでしまった。私には家族も、客もいないし、財産もなにもない。だから私は大聖堂(サグラダファミリア)に完全に没頭できるんだ」、そして「サグラダファミリアの工事はゆっくり進むんだ。私のクライアント(永遠?)は別に急いでないからね」と。

へたうま

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